SaaSの営業戦略を語る上で、必ず問題になる「SMBを対象とすべきかエンタープライズを対象とすべきか」問題について、管理人SLは「可能ならすぐにでもエンタープライズ」派である。以下、その考えの前提を述べる。
まず、SMBというのは、Small and Mid-size Businessの略称で、中小企業を指す。日本国内だとデータは古いが2006年時点で約420万社の小規模企業(*1)があり、TAM(Total Addressable Market、理論上、リーチできる市場の上限)は広大だ。一方、エンタープライズ(いわゆる大企業。基本的に上場会社を指す)は約3,700社(*2)ある。
(*1)経済産業省調査結果サマリ
(*2)東証公表の上場会社数の合計値
この規模感だと、400万社のSMBと4000社のエンタープライズ、と荒い仮定を置いたとして、エンタープライズの数はSMBの0.1%にしかならない。SaaSにおける売上構造としては、
- SMB:低単価x多数
- エンタープライズ:高単価x少数
となっていて、「安く多く売るSMBと、高く少なく売るエンタープライズ」という構造である。
売上の構造としては、単純な掛け算なので、理論上はどちらでも同じ結果である。ただ、実態としては、SMBはSMB、エンタープライズにはエンタープライズなりの流儀があり、SaaSスタートアップの経営に日々関わる身としては大まかに以下のような違いを感じている。
SMB
導入:検討期間が短い o / カスタマイズ要求:少ない o / 業界特化:必要ない o(後述) / セキュリティなどの要求水準:低いo / 解約:激しいx / 金払い:良いと限らないx
エンタープライズ
導入:検討期間が長い x / カスタマイズ要求:多い x / 業界特化:必須 x / セキュリティなどの要求水準:高い x / 解約:あまりしない o / 金払い:良い o
大まかに検討段階から売掛金の回収までを時系列に書いてマルバツをつけてみたんだけど、SMBは色々おおらかな反面、解約が多いことだったり、売掛金回収で揉める印象だ。一方で、エンタープライズは導入までのハードルは高いが、解約をしにくかったり、金払いが良いなどのメリットを持っている。恋人で例えると、気さくでやんちゃなSMB、 育ちが良くてとっつきづらいエンタープライズ、というとこだろうか。なお、上のマルバツ表でSMBだと業界特化が不要、というように書いたのは、SMBの場合は、「業界によらず同じような悩みを持っている」特徴がある。例えば、会計ソフトのfreeeなどは、中小企業で50名以下の会社に導入する場合、「これまでは社長が一人で経理回りも担当していた」ことが多いだろう。その場合、社長は業界によらず、「増えていく従業員に対して専属の担当を雇ってxxを効率化したい」と言ったような思いを持っていて、あまり業界による違いが発生しない。
さらに、SMBは従業員が少ないので、「鶴の一声で従業員の業務フローをシステム(SaaS)に合わせる」力技も使える。一方で、業務フローがガチガチに出来上がっているエンタープライズでは、いくら鶴の一声を発しようとも、現場の猛反発が生じるため、「システムを業務フローに合わせろ」となりがちだ(そして、これがエンタープライズでカスタマイズ要求が増える最大の要因だったりする)。
このようなことを考えると、結局SMBもエンタープライズも一長一短じゃないか、という結論になってしまうが、スタートアップの場合は、限られた社員数で勝負をかける必要があるので、可能な限りエンタープライズに食い込みたい、というのが本音である。従業員も人間なので、大量の解約対応で心身を消耗するよりも、エンタープライズで、丁寧にお客さんと向き合いながら、自社の売上を伸ばしつつ、お客さんの事業成長に貢献して欲しい、と日々思うのである。
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